■他大学における情報環境■
インターネットと法学教育

町村 泰貴(小樽商科大学商学部企業法学科助教授)

一 インターネットは法学教育に役立つか?

 おそらく答はYESであろう。
 インターネットとは、二四時間稼働している無数のコンピュータが相互にケーブルでつながり、共通の約束(プロトコル)で個々のコンピュータを特定したり、互いにデータを転送しているネットワークである。従ってそれは情報の処理が極めて大規模に、多元的に行われる場である。他方、法学とは事実や規範といったデータ(情報)を様々な角度から扱い、弁論を基本的な要素とする学問であるし、また教育も情報伝達を本質的要素の一つとする営みであるから、そのような「法学教育」に高度な情報処理技術が役に立たないはずはない。
 しかし、具体的にはどの様に役立つのだろう? 休講掲示が家から見られるとか、レポートも電子メールで提出できるという程度であろうか? 多大な時間と労力をつぎ込んでパソコン通信に参加し、得たものがパソコンオタクとの友情にとどまるのであれば、少々二の足を踏みたくなる。必要に迫られて、あるいは強制的に割り当てられてメールアドレスを持ってみたものの、来るのは御挨拶やセールスのメールばかりと閉口させられる話もある。具体的な便利さが今一つはっきりしない。
 そこでここでは、法律を学ぶ上でインターネットがどう使えるのか、具体的なレベルで考えてみることとしたい。一般に法律を学ぶプロセスは、まず法令や判例・学説などの資料収集、次いで講義やゼミでのコミュニケーション、そしてレポートや卒業論文などにまとめた成果の発表という三つに分けられよう。このほかにも司法試験をはじめとする各種試験勉強などの局面があり得るし、そのためのネットワーク利用も現にある(例えば水野愛子氏のホームページ=http://www.aiko.org/およびそのリンク先参照)が、ここでは除外する。法学部・法学関係学科の典型的な法学教育を前提として、筆者の勤務校である小樽商科大学企業法学科での実践例を交えつつ、インターネットの利用可能性と限界を見ていく。

二 資料集としてのインターネット
 インターネットはよく巨大な図書館になぞらえられる。実際、種々の資料が無数のサイトに蓄積され、公開されている。そこで法律を学ぶ上でも、第一の効用は、膨大な資料への安価なアクセスが考えられる。
 もっとも例えば各種六法や代表的判例集、教科書や基本的な法学雑誌で得られる情報は、それらの媒体を利用すれば足りるし、コスト面でも携帯性や一覧性など使いやすさの面でも、紙媒体の方が優れている。少なくともある程度設備の整った大学に身をおく限り、勉強に必要不可欠な資料を入手するのにインターネットを利用する必然性はない。
 インターネットは、既存のメディアにとって代わるのではなく、従来の紙媒体では得られないプラス・アルファの資料にアクセスできることこそがメリットである。
 例えば、外国の法令判例についてはインターネットによるアクセスが極めて有効である(法学セミナー連載「インターネットで外国法」、指宿信・鹿児島大学助教授によるWorld List=http://www.law.osaka-u.ac.jp/legal-info/worldlst.htmlなど参照)。本家のアメリカで提供されている法学関連資料が膨大なのはもちろんだが、それ以外の国々でも、少なくとも法令データに関してはかなりの蓄積が進んできた。また国内国外ともに、行政官庁の所管する審議会議事録や各種報告書類にインターネットを通じたアクセスが可能な局面が増えている。狭い意味でのインターネットのみならず、パソコン通信(Niftyserveなど)で提供されている行政情報も重要である。外国法や立法過程の資料も大学院レベルであればもちろん、学部レベルでもゼミ教材として有用であろう。
 さらには他大学の図書館OPACをインターネット経由で利用したり(そのために便利なサイトとして、Jump to Library=http://ss.cc.affrc.go.jp/ric/opac/opac.html日本国内の大学図書館関係WWWサーバ=http://www.libra.titech.ac.jp/libraries_Japan.htmlなど)、他大学における講義内容にアクセスすることも徐々に可能となっている。 有名なところでは東京大学教養学部の立花隆氏による講義録のサイト(http://www.komaba.ecc.u-tokyo.ac.jp/~ctakasi/)が挙げられるが、関西大学の栗田隆教授による破産法学習ノート(http://www.hk.kansai-u.ac.jp/kurita/hasan/index.html)明治大学の夏井高人教授の法情報学ゼミナール(http://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/)など、法律分野にも徐々に広がっている。筆者も小樽商科大学における講義ノートを公開している(http://www.edu.otaru-uc.ac.jp/~matimura/cours/)
 シラバス公開はもちろん、講義資料やゼミ資料の公開が熱心に行われている海外(特にアメリカ)の状況を見るならば、わが国でもこの方向への普及は時間の問題であろう。インターネットを通じた通信教育も、アメリカのロースクールで既に例があり、芸術分野では国内の大学でも例があるが、法学分野で馴染むものと考えられるので、近い将来実現するものと思われる。その暁には、図書館で様々な教科書・演習書が利用できるように、インターネットで様々な大学の教材が利用可能となるわけである。
 以上のほか、特にゼミ教育として、一種のフィールドワークのためにインターネットを用いることもできる。筆者の担当するゼミでおこなった弁護士の広告規制の共同研究では、既存のメディアとインターネットによるリサーチを組み合わせて進行した。まずは弁護士法・弁護士倫理関連の書籍と「自由と正義」掲載の諸論文を通じて、広告規制の趣旨や意義・限界などを学んだが、日弁連会規の規程および規則は大学内で入手できず、電子メールを通じて清見勝利弁護士から提供していただいた。そののち、インターネット上に公開されている弁護士個人のホームページを学生が収集し、電話帳や事務所報などの既存メディアの広告との整合性を検討した。医師・税理士など他の職種の広告規制とホームページのありかたも、比較のための貴重な教材として用いられた。
 以上を踏まえて、ホームページを公開している弁護士宛に学生からアンケートの電子メールを送り、弁護士にとってのインターネット利用の意義・広告規制との関係などの聞き取り調査をおこなった。多忙な中を学生アンケートに多数の方々から回答していただけたのは、電子メール自体が法律分野で物珍しい存在だった時代ならではかもしれないが、ともかく多数の回答を得て、ゼミ生にとっては貴重な資料となった(アンケート結果はhttp://www.edu.otaru-uc.ac.jp/~matimura/seminar/lawyer.htmを参照)

三 コミュニケーション・ツールとしてのインターネット
 インターネットやパソコン通信は、一方的な情報収集よりもむしろコミュニケーションの媒体としての側面が本質的であり、それによって形成される人の輪がバーチャル・コミュニティを形作ってきている。具体的には電子会議室ないし電子掲示板(BBS)と、電子メールおよびその応用で多数人のコミュニケーションを可能にするメーリングリスト、そしてニュースグループにより、その参加者相互に独特の縁(これを情報縁と呼ぶ)が生まれる。この強力なコミュニケーション・ツールはまた、法学教育にとっても極めて有効な道具である。
 小樽商科大学では、JUNETの時代からインターネットに接続するとともに、学内で独自のBBSを運営していた。そこで筆者を含め、数名の教員が講義およびゼミの補助メディアとして、質問を募集したり、問題を与えて解答を学生に作成させたり、といった試みを行っていた。もっともこのやり方では、学生になんらかのインセンティブを与えてやらないとうまく行かなかった。もちろん法律専攻の学生はコンピュータが操作できなくて当然という時代でもあったが、頻繁に顔をあわせる学内であれば、電子ネットワークのコミュニケーションに頼る必要もなかったのである。
 現在コミュニケーションツールとして有用性を発揮しているのは、他大学の学生や外国の学生との交流の面である。筆者は豊橋創造大学短期大学部の伊藤博文講師や同志社大学、神戸大学、大阪市立大学の学生・院生の諸君が参加しているメーリングリストを用いたバーチャルセミナーに関与しているが、ここでは全くボランタリーな場であるにもかかわらず、かなり活発に、異なる大学の学生交流が行われている。
 また、日本経済新聞社主催の大学ゼミナール交流「日経College in '97」には、小樽商科大学の筆者担当ゼミも参加した。ここではゼミによるホームページ作りとコンテスト、インターネットに関する各種セミナーが開催されている。残念ながらセミナーは遠隔地からの参加が不可能だが、ネットワークを通じたゼミナール交流の場としては有用である。専攻を同じくするゼミ同士では、共同ゼミの試みも可能である。もっともその効用を十分に発揮するためには、教師の側でかなり強いイニシアティブを発揮しなければならないであろうし、次に述べる発表媒体としてのインターネットを活用したり、あるいは年一度でも直接顔を合わせる機会(オフライン・ミーティング)があることなど、多様なチャンネルを利用することが必要である。
 なお学生間の交流のみならず、パソコン通信やメーリングリストにより法律問題を扱うフォーラムがあちらこちらに出来ている。そこでは法学部の教師や学生だけでなく、弁護士、裁判官、その他法律とは無縁の人々が法律問題をテーマに話をしている。大学で学んだ法律知識がそのままでは役立たない、貴重な経験を踏むこともあり得よう。

四 発表媒体としてのインターネット
 インターネットの登場で何が一番重要かという問に、ある憲法学者は一般人が自ら情報発信を行い、その声が現実に不特定多数の人々に届く状況が出現したことが最も大きい、と答えた。表現・言論の自由やマスメディアの権力性をめぐる法状況は、インターネットによって大きく変容し、自由な表現の場を市民が実際に得たといえる。このことは逆に表現や言論の力を無自覚的に振り回し、権利侵害や違法行為につながってしまう事態も招いており、サイバースペースの法的問題を難しくしている面もあるが、それはともかく、低コストで広い範囲の人々に情報発信することができる点は大学の教育でも重要である。
 小樽商科大学では、教育用サーバーのために一台のワークステーションを割当て、ゼミナールやサークルごとのディレクトリにホームページを開設することができ、いくつかのゼミ・サークルで利用している。筆者の担当するゼミにおいても、先に述べた対外交流のためのゼミ紹介を兼ねて、ウェブを作成している。その主たる役割は、レポートや共同論文の発表の場としてである。また今年は卒業論文をウェブに掲載することを予定している。従来は簡易製本により論文集の形にしてきたが、もともとパソコンやワープロのデジタルデータで作成するものであるから、ほとんどそのままでウェブページにすることができ、手間とコストを大幅に節減することができる。
 こうした学生による研究成果の発表は、むろん学ぶことへの強いインセンティブとなる。しかしそれだけではなく、国内・国外を問わず他大学の学生との共同研究のためには必須である。また二で述べたようなネットワークを通じての情報収集をした場合、協力してくれた人々への成果の発表としても最適のメディアである。

五 おわりに
 法学教育の現場でインターネットを利用するメリットを考えてきたが、それが直ちに飛躍的な効率アップや仕事の簡素化につながるものとは必ずしもいえない。かえって教師の側に今以上の指導負担がかかる場面も多いと思われる。職場のOA化でペーパーレス社会がやってくるというのは全くのデマであったように、法学教育の場面で書籍や雑誌といった紙媒体が不要になったり、講義やゼミがなくなったりすることはおよそ考えられない。せいぜい判例体系やコンメンタールのような大部な資料がデジタルデータで提供されたり、部分的に遠隔授業が取り入れられたりする程度であろう。
 しかし従来の法学教育のコアな部分は変わらないとしても、インターネットは学生の活動範囲を学外のみならず海外までも広げる。その可能性を取り入れた教育技法を教師の側が活用すれば、教育効果にも大きな成果が得られよう。学生によっては、それをきっかけとして自主的な研究を進めることにもつながっていくものと期待できる。
 インターネットはもちろん道具にすぎないので、それに適した作業も適さない作業もあるし、それを使うかどうかはもっぱら人間の側が判断することである。しかし筆者のわずかな経験からしても、法学教育にインターネットは馴染みやすい道具であるということはいえるであろうと考えている。

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